上手な写真とは何か。写真美術館の作品を見ながら考えてみた

IZU PHOTO MUSEUM

一眼レフカメラを購入し、週末に写真撮影を楽しむようになってから半年。写真に対する感じ方が変わったこのタイミングで、写真美術館に行ってきました。

上手な写真とは何か

「IZU PHOTO MUSEUM(伊豆フォトミュージアム)」

写真美術館に足を運ぶなんて、一年前の自分からは全く想像がつきませんでした。先週、静岡のクレマチスの丘にある写真美術館、「IZU PHOTO MUSEUM(伊豆フォトミュージアム)」に行ってきました。目的は、上手な写真を見て、その撮影方法を学ぶこと。プロの写真家や芸術家が撮影した写真は、アマチュアとは何が違うのか、どう違うのか、どうすればその違いを乗り越えられるのか、そのヒントを得るためです。

IZU PHOTO MUSEUMに行ってきた|クレマチスの丘にある写真美術館の魅力をご紹介

芸術家が撮影した写真は「ルール」から逸脱したものばかり

プロとアマの違いは何か。機材の違いは仕方がないとして、写真の構図や、被写体、アングルは真似ができるのではないか。そんな下心を持ちつつ写真美術館に行きました。そして、その邪心は一瞬で消えさりました。

そこに展示されていた作品は、いわゆる「上手な写真」を撮るためのノウハウからは逸脱したモノばかり

例えば、花。地面に咲く花を撮影する場合、自分なら土が写ると残念な絵になるので、下から上を向くアングルにしよう。対象は一つに絞り、そこだけピントを合わせよう。花の向く方向に空を入れ、解放感を出そう。なんて考えて撮影しますが、芸術家はオール無視。長島有里枝さんの作品は、上から下に見下ろすアングルに、写真の面積の7割が土。川内倫子さんの作品は、花にピントがあっておらず、さらに、どれがメインの被写体なのかもわからない。

では、それらの「ルール」を逸脱した写真は下手か?というと、そんなことはなく、「上手な写真」だなと感じてしまう。作品として成り立っている。野口佳代さんの写真に至っては、闇夜に輝く光を撮影しているのですが、対象が何かもわからないくらい眩しい。でも「上手な写真」と納得してしまいました。

ピントはボケているし、写真の構図は日の丸だし、被写体はどこにでもあるありふれた日常だったりする。そうだとすると、上部な写真と撮るためのルール・ノウハウを守ったその先に、プロとアマの違いがあると思っていましたが、その前提が崩れてしまいました。

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上部な写真と撮る「ルール」は無駄だったのか

巷にあふれる『カメラの初心者が、すぐに写真が上手くなる〇〇の方法』、『これで完璧。綺麗に見える写真の構図〇個』は無駄だったのか、不要だったのか。ルール無視の作品を前にそう思ってしまいますが、それは間違いで、ルールやノウハウはやはり大切

たしかにそれらを守ることで、それぽっい写真、狙った写真は撮れる。ルール無視の作品を撮影した芸術家もそこは大昔にその基本技術は吸収済み。基本ができたうえでの応用。その応用が、ルール無視に見えるだけ。そこまではカメラ経験半年の自分でも理解できます。作品をよくみるとC字構図が使われていたり、ピントもめしべに完璧にあっていたり、あれだけ大きなサイズに印刷されているのにブレが全くなかったり。そうすると次に湧いてくる疑問は、「上手な写真」ってそもそも何か、という命題です。

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芸術家の写真がなぜ「上手な写真」に思えるのか

高価な機材が無くても、最新のiPhoneがあれば、一眼レフカメラ並みの写真はだいたい撮れます。画像編集ソフトやノウハウの一般化とともに、上部な写真を撮ることも一般化してきていると思います。写真が上手いことは、特別な才能や能力ではなく、普通のこと。

IZU PHOTO MUSEUM(伊豆フォトミュージアム)に展示されていた作品たちは、それぞれの芸術家ごとに全くキャラクターが異なる作品でした。それでも、すべての作品で、「あ、この写真いいな、うまいな」って思えました。と同時に、「この写真にしかない魅力」を感じました。この魅力を感じる何かが非常に重要で、それは何なのか。美術館のベンチに座って、考え続けました。

それはたぶん、端的に言い表すと、「真似ができないオリジナリティ」ではないのか。

綺麗に撮影する、明るいボケを作るなどは上手な写真を撮影する手段。魅力的な写真はその上で表現されるオリジナリティではないか、と。

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「真似ができないオリジナリティ」に必要な要素とは

魅力を生むプロセスは、①作者に明確な意図があり、②それを写真で的確に表現している。③そこに、誰にも真似ができないオリジナリティが生まれ、④魅力を感じる。

作者のオリジナリティ溢れる明確な意図があり、また表現方法にもオリジナリティがある。だから真似ができない。それが魅力を生む。明確な意図とは、簡単に言えば写真を撮る「目的」。目的にあった写真を表現する。目的と結果(作品)が合致していれば、狙ったとおりの写真となる。上手な写真を撮るルールを無視(本当はそんな基本は分かりきっていて応用している)しても、いいなって思える理由はたぶん、ここだと思います。

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写真と撮る目的とは何か?

真似ができないオリジナリティが、魅力を感じる要素なら、自分のオリジナリティとは何だろう、写真と撮る目的は何だろう、という哲学的な疑問にぶつかります。そして解を持っていない。

カメラを買って、せっかくならキレイな風景を撮影したい。その想いから伊豆半島で海や山を撮影したり、富士山を撮影したりしてきました。でも、その写真、自分以外の誰でも同じように撮影できます。しかもカメラの上手な方なら、もっと綺麗に。風景写真を撮り、多くの方に見てもらいたいことが写真撮影の目的なら、その目的は達成している。

ただ、その撮影の目的も、表現方法もオリジナリティに乏しいので、いい写真にはなるかもしれないが、魅力に乏しい写真になってしまう。カメラを通して、写真を通して、自分は何がやりたいのか。いまいちど考えてみようと思います

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まとめ

写真を始めて半年。プロの写真家や芸術家が撮影した写真は、アマチュアとは何が違うのかが気になり、写真美術館、「IZU PHOTO MUSEUM(伊豆フォトミュージアム)」に行ってきました。当初の狙いとは裏腹に、芸術家が撮影した写真は「ルール」から逸脱したものばかりで、構図や被写体、カメラアングルは全く参考になりませんでした。ただ、それでも展示品に魅力を感じるのは、そこに、「真似ができないオリジナリティ」があるからであり、そのために必要な要素はオリジナリティ溢れる写真を撮る目的と表現ではないか、と考えました。

オリジナリティ溢れる写真を撮る目的と、オリジナリティ溢れる写真での表現。自分はこの二つの要素に何を入れるのか、入れたいのか。すこし、思いを巡らせてみようと思います。

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